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一寸先はひかりだ!

復興の春(2016年)

東北の事象と皆様に
多くの大切なことを教えて頂きました
ありがとうございます

岩手県大船渡市/陸前高田市/
宮城県気仙沼市/石巻市



岩手県大船渡市から石巻市までの研修をしてきました。
5回目になる研修ですが、2012年と同じ行程で、4年間の変化を見聞する内容で企画しました。

第一印象としては、津波被害に遭い広大な荒れ地が広がっていた4年前の被災地各地とは風景が一変し、海岸線を中心にかさ上げ工事が進み復興のための土台づくりの印象でした。瓦礫が山積みになっていたと思われる場所は盛土がされ、堤防建設や進化した交通機関など、あと数年もすれば住環境は整い徐々に本格的な住宅建設が始まるかもしれません。


大船渡では津波によりレールが流失した区間を改修・舗装し、BRTと呼ばれるバス高速輸送システムが機能し、専用路線で運行していました。





JR三陸鉄道・大船渡線の盛駅 ※左が残骸レールを取り除き新設されたBRT専用路線

下の写真は、ほぼ同じ場所で撮影した4年前と現在の様子です。
2012年3月 レールが流失している 2016年3月 舗装された道、バスと駅舎

国内外にあるこのバス専用道路は、渋滞による遅れがなく、より安全に乗客を輸送できるこの新システムは災害時にも有効活用されるという。
レール上を走る列車ではないため、災害時には専用路線から出て一般道で避難ができるメリットがある。


レール撤去後のBRT専用道路 踏切(列車同様に通過時は優先になる)


陸前高田市
建物の基礎のみを残し荒れ地だった場所も、復興道路建設や盛土で大規模工事中の箇所が多く見られます。



工事中の復興道路


徐々に復興が進み、4年間で変化がありました。


2012年3月 カーナビでは、まだ店舗や住宅の町並みが表示されていた。

2016年3月 (動画) 住宅建設のため盛土と半ば、左奥に工事中の巨大な堤防が見える。
(岩手県立高田高校グラウンド付近より撮影



高田松原の被災前後の様子(復興まちづくり情報館にて)
津波で流された高田松原の松(旧道の駅 高田松原 ※現在は震災遺構)

 

高田松原の再生を目指すボランティアにより、植樹のための松の育苗、自生する松の移植などを進めている様子です。

石川啄木が「一握の砂」で詠ったとされる、白い砂浜や樹齢300年の7万本もの松原は、日本百景の1つに数えられ、昔から多くの人が訪れた美しい観光地であったらしい。
賛否両論あるようですが、かつての美しい松原再生に向けて小さな苗を松原へと育てるプロジェクトは始まったばかりです。


移植のため自生する松を集める人たち 奇跡の一本松や工事現場に掲げられた絵

 

気仙沼市



2012年 建物の基礎だけ残った荒地と廃墟

2016年 盛土と気仙沼市復興住宅「幸町住宅」

気仙沼市復興住宅「幸町住宅」


南三陸町でも海岸線全域で盛土がされ、軒を連ねる復興商店街には食品、衣料品、お土産品が並ぶ。

伊里前福幸商店街

 

宮城県石巻市「大川小学校」

十数メートルの巨大津波が海から川や陸を4km遡上し、川近くに建つ校舎を襲い、避難途中の多くの児童と教職員をのみこんだ現場です。
2か所に設置された慰霊碑、供養塔に多くの人が訪れ、尊い小さな74名と10名の教職員の御霊にお線香を上げ手を合わせています。


二度と悲劇を繰り返さないため、石巻市長による「震災の反省、教訓を伝えていくことが最大被災地、石巻市の使命。大災害時に被害を最小限に食い止めるよう、次世代に伝承する役割を担っていく」と保存の意義とともに2016年、同校は震災遺構に指定された。


 

 

過去に国内で起きた様々な大地震・津波などの自然災害や戦争などから復興して来たように、どのような惨禍に遭ったとしても、日本はその国民性により必ず復興・振興できると感じられた研修でした。

今回も知り合った多くの皆様に感謝いたします。

 

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