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一寸先はひかりだ!

復興の春(2015年)

東北の事象と皆様に
多くの大切なことを教えて頂きました
ありがとうございます

岩手県宮古市 /釜石市/大船渡市/陸前高田市

 

2015年春、東日本大震災から4年が経過した岩手県宮古市から陸前高田までの研修をしてきました。

海岸から内陸へ津波がかけ上がる高さを「遡上高(そじょうこう)」と呼ぶらしいですが、この遡上高が40.5mの最大値となった宮古市では総延長2,433m、海面からの高さ10mに及ぶ大防潮堤も乗り越え、遥か内陸奥地まで被害が及んだそうです。
4年が経過し、岩手県から宮城県までのリアス式の三陸海岸
は以前の『陸中海岸国立公園』から青森県の一部を編入して『三陸復興国立公園』と名称を変え整備されています。

宮古市の海岸に面した旧キャンプ場は、『震災メモリアルパーク中の浜』の名称で、被災した施設を被災したまま残す『震災遺構公園』として保存されていました。
ここは震災を風化させないため環境省により整備された公園で、被災地の人たちは『震災語り部』として、津波の脅威を伝え、防災や避難の大切さを訴えているそうです。

震災メモリアルパーク中の浜 
津波と同じ高さに目線を置ける海抜13mの高さの『展望の丘』より。この左右の山の斜面には、そこを駆け上がった津波の高さ『21m』の表示がありました。
震災遺構(トイレ・シャワー施設) 震災遺構(炊事場)


このように被災された地域が多い中、岩手県釜石市では日頃から防災教育を取り組み、行動をしていたお陰で多くの小中学生が助かったそうです。下記は同パーク内に掲示してある展示物を撮影したものです。

こちらも過去の経験からの言い伝えを守り、助かった事案です。



・震災メモリアルパーク中の浜 の紹介


宮古市から釜石市、大船渡市の海岸線では住宅の基礎のみが残り、雑草が生い茂るといった3年前の研修時と変化のない場所もありましたが、高台では『復興道路』の工事、その周辺で『災害復興公営住宅』の工事が進んでいます。公営住宅とは仮設住宅ではなく、鉄筋コンクリート造集合住宅や木造戸建て、木造集合住宅のことです。

工事中の復興道路 造成中の釜石市災害復興公営住宅
造成中の宮古市内の災害公営住宅


陸前高田市「奇跡の一本松」
江戸時代に6,200本のクロマツが植えられ、津波で一本だけ生き残った「奇跡の一本松」が保存後のモニュメントとして残っています。

この周辺の高台では住宅工事を進めるために、掘削した土を運搬するためのベルトコンベア専用の巨大な吊り橋を架ける工事をしています。
被災した旧・道の駅高田松原敷地内では追悼施設や震災の記録を写真展示している『陸前高田復興まちづくり情報館』があり、災害の脅威と避難の大切さを訴えています。

奇跡の一本松 再建貢献しているGS ※津波水位がわかる
(2018年7月移転のため撤去)

東日本大震災追悼施設 東日本大震災追悼施設内

高台住宅工事の掘削土を運ぶためのベルトコンベア専用吊り橋『希望のかけ橋』

陸前高田市の復興状況(陸前高田復興まちづくり情報館)


この研修で被災地4回となりますが、今回も多くの大切な事を被災地と各地の皆様の考え方に忘れかけていたものを教えて頂きました。
知り合った多くの皆様に感謝いたします。

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